自動車の塗装におけるインクジェット開発

インクジェット技術を活用した自動車の加飾塗装が、今注目を集めています。
省資源化やデザインの柔軟性、環境負荷の低減といった利点を持つ一方で、導入には技術的なハードルも存在します。
当コラムでは、自動車の塗装をインクジェットで行うメリットと課題、そして開発現場で役立つ評価・最適化のためのツールをご紹介します。
自動車塗装の進化とインクジェット技術の台頭
自動車の塗装工程は、単なる見た目の仕上げだけでなく、製品としての完成度を左右する重要なプロセスです。
塗膜には、鮮やかで美しい外観を提供するだけでなく、紫外線や雨、汚れなどから車体を守る耐候性・防食性も求められます。
さらに近年では、製造時の環境負荷削減も企業にとって重要なテーマとなっており、塗料に含まれるVOC(揮発性有機化合物)や、乾燥・焼付けに伴うCO₂排出への対応が不可欠です。
そうした背景から、主にスプレー塗装、マスキング、焼付乾燥などを用いたこれまでの自動車塗装から、インクジェット技術を応用した「デジタル塗装」への切り替えに、注目が集まっています。
インクジェット塗装は、CADなどのデジタルデータに基づいて塗料をピンポイントに塗布できるため、無駄が少なく、デザイン変更にも迅速に対応可能です。
さらに、省資源・省工程・CO₂削減といった環境メリットを兼ね備えていることからも、期待が高まっています。

自動車塗装をインクジェットで行うことのメリット
では、自動車製造においてインクジェット技術がもたらすより具体的なメリットについて、解説いたします。
環境負荷の低減
自動車業界における環境対応は、法規制の強化やカーボンニュートラルへの社会的要請を背景に、製造プロセス全体での見直しが進んでいます。
中でも塗装工程は、資源消費量や排出物が多いことから、環境負荷低減において重要な改善対象とされています。
インクジェット技術を用いた塗装は、必要な部分にのみ塗料を噴射する高精度な塗布により、オーバースプレーを大幅に削減し、塗料やマスキング資材の無駄を省くことが可能です。
加えて、乾燥工程の短縮によりエネルギー使用量も抑制でき、資源・工程の両面で効率化と環境配慮を両立できます。
このように、インクジェット塗装は資源・エネルギーの使用量を抑えるかつ、作業環境や地球環境に対しても優しい技術として、環境面からの導入メリットが挙げられます。
塗布の柔軟性・品質向上
自動車塗装には、色ムラのない仕上がりに加え、近年は個別の加飾デザインへの対応力も求められています。
従来のスプレー塗装やマスキングでは、工程の複雑さや精度の限界から、微細な表現や多品種対応に制約がありました。
その点、インクジェット塗装は、デザインデータに基づいて塗布位置と量をピクセル単位で制御できるため、繊細な模様やグラデーション、個別パターンも自動で高精度に対応可能です。
さらに、塗布境界がシャープに仕上がるため、輪郭のズレやにじみといった不具合も抑えられます。
このように、インクジェットは自由な加飾と高い再現性を両立できる技術として、塗装品質の安定と表現の幅を広げる手法として注目されています。
工程の簡略化・省人化
自動車の塗装工程には、下塗りから加飾まで多くの手順が含まれます。
特に加飾ではマスキングや補修といった手作業には高度なスキルが必要とされ、人手不足や属人化の要因になっています。
インクジェット塗装は、デジタル制御によりマスキングや型作業を不要とし、工程数を大幅に削減できます。
また、塗布の精度が高いため、修正や検査にかかる手間も削減され、全体として自動化しやすい工程構成に繋がります。
これは、生産性向上と人手不足対策の両立を図るうえで大きな強みとなります。
インクジェット塗装は、省人化とコスト合理化を両立するスマートな塗装プロセスとして、次世代の製造現場を支える技術と考えられます。
インクジェット塗装の技術的障壁
上記のようなインクジェット塗装のメリットを実現するには、解消しなければならない技術的課題があります。
ここではそれらの課題から、研究開発を困難にしている要因4つを取り上げて解説いたします。

最適な組み合わせの特定
インクジェット塗装における重要な要素のひとつが、プリントヘッドと塗料の最適な組み合わせです。
これは、デジタル塗布工程全体の安定性と品質を左右する核となる部分です。
一般的に、産業用インクジェットプリントヘッドは比較的低粘度の液体に最適化されています。その一方で自動車用塗料は、高粘度・高機能な成分が含まれることが多く、両者の特性が一致しないことが多々あります。
結果として、液滴の吐出不良やミストの発生、乾燥性・密着性の不均一性などの現象に繋がることがあるのです。
しかし、これは決して越えられない壁ではありません。
液滴の吐出や飛翔を正しく評価し、可視化し、調整する仕組みがあれば、十分に乗り越えられる壁といえます。
オーバースプレーの最小化
インクジェット塗装の大きな特長のひとつは、「必要な場所に、必要な量だけ」塗布できるという高精度な噴射制御にあります。
しかしその実現には、ノズルから塗装面までの「距離」や、塗布対象との「角度」制御が精緻に行えることが前提となります。
とくに自動車ボディのように、曲面・傾斜・凹凸の多いワーク形状では、この距離と角度の変動が噴射結果に影響を及ぼしやすく、塗布精度の確保が課題となり得ます。
たとえば、フラットな面では5mm以下の距離で安定した塗布が可能でも、サイドパネルのエッジやドアの縁など角度のある部分では、距離が15mm以上に開き、液滴の拡散や着弾精度の低下、場合によってはオーバースプレーの発生につながることもあります。
これは、液滴サイズや速度、ノズルの噴射角度とのバランスが崩れることによる現象です。
これらの課題は、ワーク形状ごとの吐出条件に柔軟に対応できる設計・評価の仕組みが整えば、オーバースプレーというロスの大きい課題を解消し、インクジェット塗装の信頼性を一段階引き上げることができると考えられます。
塗装の均一性確保
自動車の外観品質において、塗装の「均一性」は非常に重要な要素です。
美しく、ムラのない塗膜は製品価値に直結するだけでなく、防錆性や耐候性といった機能面にも関わります。
インクジェット塗装においても例外ではなく、層厚の均一性や塗膜の密着性を安定して確保できるかどうかが、技術実装の成否を左右します。
インクジェット方式では、一般的に塗料をミクロン単位で細かく塗布していくため、塗料の粘度や表面張力が一定でないと、塗布面の厚みにばらつきが出やすいという特性があります。
加えて、「スワス間の境界」すなわち「1セットの動きで印刷できる範囲同士の重なり」に段差や色ムラが発生しやすく、重ね塗り部分の厚みの違いが問題になるケースもあります。
これは見た目だけでなく、後工程での塗膜剥離や性能不均一につながるリスクもあるため、細心の注意が求められるポイントです。
ただし、こうした塗膜品質の課題も、事前の材料評価と適切な塗布条件の設計、さらに印刷後の品質検査体制を構築することで十分に対応できると考えられます。
製造の一貫性確保
最後に、インクジェット塗装を量産工程で運用するうえで重要な点は、拠点やタイミングを問わず、安定した品質をいかに再現できるかという「一貫性の確保」です。
製造の安定性は信頼性やブランド価値にも直結するため、塗布精度だけでなく、その再現性・再現条件の把握が極めて重要です。
インクジェット技術は、湿度や温度などの環境変化に敏感です。
たとえば、空気中の湿度が高いとインクの乾燥が遅れ、塗膜表面のにじみや密着不良を引き起こすことがあります。
また、同じ塗料であってもロット間の微細な粘度差や経時変化によって、噴射挙動が変化するケースもあります。
こうした環境や材料のばらつきにより、ある工場では問題なく稼働していたプロセスが、別拠点ではうまく機能しないといった事例が起きることもあります。
これは、海外に複数の製造拠点を持つ自動車製造企業にとって、見過ごせないリスクの一つです。
しかしながらこの課題も、塗料の物性や環境条件を再現して検証し、プロセスを評価する体制があれば、一貫した塗布品質の維持は十分に可能です。
インクジェット研究開発用ソリューションで課題解決を加速
ここまでのインクジェット塗装の技術的課題を解決するため、様々な研究開発が進められています。
そこで、それらのインクジェット研究開発に役立つソリューションと、それを用いた課題解決の方法をご紹介いたします。

マルチプリントヘッド対応のドロップウォッチャーによる評価
プリントヘッドと塗料の適合性を試行錯誤だけで見つけ出すには、時間と労力がかかり、評価の再現性や定量性にも限界があります。
そこで有効となるのが、imageXpert社のjetXpert(ドロップウォッチャー)です。
このツールは、プリントヘッドから噴射された液滴をリアルタイムで可視化・分析できる装置であり、液滴の大きさ・速度・形状・飛翔安定性を高精度に計測できます。
これにより、「この塗料がこのヘッドで安定して吐出できるか」という疑問に対して、データに基づいた判断が可能になります。
特に、jetXpertは複数メーカー・複数モデルのプリントヘッドに対応したユニバーサル設計である点が大きな強みです。
ヘッドごとに条件を切り替えて比較検証を行うことで、用途に最適なヘッド選定や、塗料側の調整指針を得ることができます。
塗料とプリントヘッドの最適な組み合わせを、感覚や経験ではなく科学的な評価に基づいて特定する。
その第一歩として、jetXpertは、インクジェット塗装に挑む多くの開発現場において、時間とリスクを大きく削減する存在となっています。
オーバースプレーのシミュレーションと分析の両立
オーバースプレーの課題に対して、imageXpert社は再現性のある評価環境と定量的な分析ツールを組み合わせることで、解決に貢献します。
中でも中核となるのが、以下の3つのソリューションです。
1. カスタムプリンター:多角度・多距離での再現検証
imageXpert社のPrint Station(カスタムプリンター)は、さまざまなプリントヘッドや基材を用いて、吐出の距離・角度などを自由に設定できる実験環境を提供します。
これにより、現実の車両表面形状に近い条件下での塗布挙動をシミュレーションでき、角度の違いによってどのようにオーバースプレーが生じるのかを再現・比較できます。
2. ドロップウォッチャー:飛翔中の液滴の挙動を可視化
塗料が空中を飛ぶ瞬間を高速度カメラで捕捉し、液滴の速度・サイズ・形状・飛散パターンをリアルタイムに観測できるのがこのツールの特長です。
特に噴射方向のわずかなずれやサテライト滴の有無といった要素を視覚的に確認できるため、塗布条件による飛翔変化のシミュレーションとセットで活用することで、因果関係を明確に把握することができます。
3. 印刷品質検査ツール:塗布面のオーバースプレー評価
imageXpert社の印刷品質分析では、塗布後の表面状態を高精度にスキャン・解析し、オーバースプレーの発生具合を定量的に評価できます。
これにより、「どの条件が最も美しく、効率よく塗布できるか」という判断を、感覚ではなくデータに基づいて導き出すことが可能になります。
この3つの機能を組み合わせることで、開発者は「液滴がどのように飛び、どの条件でオーバースプレーが最小化されるか」を事前に把握・検証し、最適な塗布条件を科学的に設計できます。
マシンビジョンによる印刷品質の分析と欠陥検出
層厚のばらつきやスワス間のムラ、密着性の不均一性といった課題に対しては、マシンビジョン技術を活用した印刷品質分析ツールを提供しています。
中でも、次のような項目を正確に可視化します。
- スワス間のずれ、重ね塗りの濃度変動
- 色ムラ、エッジのにじみ
- 抜け、スジの発生、飛び散り等の欠陥検出
imageXpertの印刷品質分析ツールは、インクジェット塗装の最終仕上がりを、定量的かつ再現性ある品質管理にて評価します。
塗装品質を一貫して保証するための基盤技術として、多くの開発現場で活用いただけます。
カスタムプリンターによる生産プロセスの再現
異なる製造条件下における塗装品質のばらつきに対応するため、imageXpert社はPrint Station(カスタムプリンター)を提供しています。
これは、実際の生産条件に近い設定でインクジェット印刷を再現できる研究開発用の塗布装置であり、次のような特長を備えています。
プロセス条件の再現性
Print Stationでは、塗布速度、距離、角度、といった主要パラメータを自由に設定でき、製造環境を再現したフィールドでの試行が可能です。
複数の想定条件を切り替えながら、特定の塗料・プリントヘッドの組み合わせがどのような条件で安定動作するかを正確に見極めることができます。
材料ロットや経時劣化の影響評価
塗料のロット差や長期保管後の挙動も、同一条件下で比較再現テストが可能です。
jetXpert(ドロップウォッチャー)を併用すれば、液滴の噴射状態まで可視化できるため、ロット差による品質変動の原因をミクロな視点で分析できます。
このようにPrint Stationは、製造変動要因を事前に可視化・分析し、信頼性の高いプロセス設計を可能にする「試験環境そのもの」といえます。
研究開発フェーズでこれらの検証を重ねておくことで、量産段階における想定外のトラブルや品質不良を未然に防ぐ体制づくりが実現できます。
まとめ
インクジェット技術による自動車塗装は、環境負荷の低減やデザインの自由度、工程の効率化といった多くの利点を備えています。
一方で、塗料とプリントヘッドの適合性や塗布の安定性といった技術的な課題も存在します。
それらの解決策としてimageXpertの各種ソリューションを活用することで、これらの課題を可視化・検証・最適化し、量産化に向けた確かな一歩を踏み出すことができます。
当コラムで解説した以外の課題解消についても、貢献できる可能性がございます。
自動車塗装のためのインクジェット研究について、お悩みの際はぜひ一度ご相談ください。
コラム内でご紹介したソリューション ドロップウォッチャー
インクジェットの研究開発におけるデファクトスタンダードの観測システムです。
国内外の多数のインクジェット研究で採用されています。
コラム内でご紹介したソリューション カスタムプリンター
インクジェット研究開発に最適な汎用の塗布装置です。
プロトタイプやパイロット機として、インクジェット技術を扱う世界中の企業や研究機関で採用されています。